大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋地方裁判所 昭和43年(ワ)2864号 判決 1971年12月20日

原告 川崎いさお

右訴訟代理人弁護士 西村諒一

被告 岐建木村株式会社

右代表者代表取締役 木村定吉

<ほか三名>

右被告ら訴訟代理人弁護士 大塩量明

主文

一、被告有限会社平野建材店、同伊藤盛一は、各自原告に対し、金二八九万三五九〇円及びこれに対する昭和四三年二月二七日以降完済に至るまで、年五分の割合による金員を支払え。

二、原告の被告岐建木村株式会社、同藤井菊次に対する請求及び、被告有限会社平野建材店、伊藤盛一に対するその余の請求を棄却する。

三、訴訟費用中、原告と被告岐建木村株式会社、同藤井菊次との間に生じた分は原告の負担とし、原告と被告有限会社平野建材店、同伊藤盛一との間に生じた分はこれを五分し、その三を原告、その二を同被告らの負担とする。

四、この判決の第一項は、仮りに執行することができる。

事実

第一、当事者の申立

原告は、「被告らは各自原告に対し、金一〇〇三万八五九〇円及びこれに対する昭和四三年二月二七日以降完済まで、年五分の割合による金員を支払え、訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求めた。

被告らはいずれも、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

第二、当事者の主張

(原告の主張)

一、訴外亡川崎覚哉(以下、被害者という)は、次の事故により死亡した。

(一) 日時 昭和四三年二月二七日午前一〇時四〇分頃

(二) 場所 名古屋市中区丸の内三丁目一三番地一九号地内

成和産業株式会社社屋新築工事現場

(三) 加害車 被告伊藤運転の大型特殊自動車(三菱製ユンボY三五パワーショベル)

(四) 態様及び死因 被告伊藤が加害車を操作して建設工事に従事中、その車体後部が、同建設現場の水道口で飲水中の被害者の頭部をビルの壁に押しつけて、その頭蓋骨をえぐりとり、因って、被害者をして脳質挫滅露出により即死させた。

二、帰責事由

(一) 被告伊藤の過失

同被告は右工事現場内に多数の労務者がいることを知っていたのであるから、前後左右の安全を確認して加害車を安全に操作する注意義務があるにも拘らずこれを怠ったため、加害車の後部附近にいた被害者に気付かないで加害車を操作し、因って、本件事故を惹起したものであるから民法七〇九条の責任がある。

(二) その余の被告らの責任

被告岐建木村株式会社(以下、被告岐建という)は建築を業とするもので、訴外成和産業株式会社から社屋建築工事を請負い、この受注工事を遂行するため、その基礎工事の一部を被告藤井に下請けさせた。被告藤井は藤井組の名称でその配下の人夫とともに被告岐建の支配の下に稼働していたものであり、かつ、被告岐建はその従業員である訴外寺島吉朗を工事現場に派遣し工事の監督に当らせていたものであり、本件事故も、現場責任者たる右寺島の監督不注意による過失に起因して発生したものである。

そして、被告藤井は掘削作業のため、被告有限会社平野建材店(以下、被告平野建材店という)の従業員である被告伊藤をして被告平野建材店所有の加害車を操作させていたところ、本件事故の発生をみるに至ったものである。そもそも、被告岐建は、自己の受注工事を遂行するため下請人を必要とし、外観上これを企業の一部として包摂し、これらを手足として利用し支配してその目的たる建築工事を遂行するものであり、本件においても、被告藤井をその配下の人夫とともに稼働させていたものであって、右工事の範囲内では、被告藤井の被用者に対し直接、間接の指揮監督権を有するとともに、被告平野建材店所有の加害車についてもこれを使用する権限を有していたというべきである。

以上要するに、本件事故当時の加害車の運行も、被告平野建材店、同藤井のためであると同時に被告岐建のためになされたものであり、かつ、被告岐建、被告藤井は、その被用者が右被告らの事業の執行につき過失により本件事故を発生せしめたものであるから、被告岐建同藤井は、いずれも、民法七一五条自賠法三条の責任がある。また、被告平野建材店は自賠法三条の責任がある。

なお、自賠法三条にいう「運行」とは、道路以外の場所で自動車を使用する場合でもこれを包含せしめるのである。また、同条の「当該装置」とは自動車の構造上設備されている各装置のほか、クレーン・カーのクレーン、本件パワー・ショベル・カーのショベル等の当該自動車固有の装置をも包含するものである。

したがって、本件パワー・ショベル・カーをその目的に従い操作すれば運行に当ることは明らかである。

三、損害

(一) 被害者の逸失利益 金六六七万円

被害者は心身ともに健康な二九才の男子であり、本件事故に遭遇しなければ向後三四年間は稼働し得たものと推定しうる。そして、当時、被害者は土建工事の日雇労務者として就業し、たまたま、被告藤井の配下で本件建設現場において一ヵ月平均二五日就労し一日金一九〇〇円の賃金を得ていたものであるから年間収入は金五七万円となる。そして、被害者の生活費を収入の約四割の金二二万八〇〇〇円とみて、右逸失利益の現価を求めると金六六七万円となる。

しかるところ、原告は被害者の母であるから、相続により右損害賠償請求権を承継取得したものである。

(二) 原告の慰藉料   金四〇〇万円

被害者は原告の次男であるが、病身の被害者の兄を抱えて牛乳販売を営んでいる原告に毎月金二万円を送金していた。被害者の不慮の死により原告が受けた精神的苦痛は計り知れないものがあり、これが慰藉料は金四〇〇万円とするのが相当である。

以上、原告の損害は金一〇六七万円となるが、労災保険金六三万一四一〇円を受領しているのでこれを控除すると、残額は金一〇〇三万八五九〇円となる。

四、よって、原告は被告ら各自に対し、右金一〇〇三万八五九〇円及びこれに対する本件事故発生の日たる昭和四三年二月二七日以降完済まで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(被告の主張)

一、原告主張一は(四)の態様を除き認める。

本件パワー・ショベルは本件工事現場に停止し、その本来の機能たる土砂の掘削積込作業をしていたもので、加害車は、自賠法に所謂運行をしていたものではない。

被告伊藤が加害者を被害者に激突させたことは否認する。被害者は、事故現場に停止して上体可動部分を反覆回転させて作動していたパワー・ショベルの傍らへ自ら接近して身体を接触させたものであり、かつ、被告伊藤としては死角内の出来事であって、これを如何ともすることができなかった。

二、(一) 被告伊藤の過失は否認する。

被害者は、ブルドーザー及びパワー・ショベルによる掘削作業の補助的業務に従事していた三人の作業員のうちの一人である。ところで、これら作業員が回転中の機械に接近することは、被告藤井の現場責任者において厳にいましめていたところであり、被告伊藤らとしては、本件事故は全く予測不可能のできごとであった。もし、このような作業員の無謀な行為を常に予測して注意義務を尽さねばならないとすれば、この種の作業は不可能であろう。

(二) 被告岐建、被告藤井、被告平野建材店の責任は否認する。

尤も、被告岐建の元請、被告藤井との下請関係及び寺島が現場監督をしていたことは認める。

被告藤井は登録を受けた建築業者であり、藤井組としては、現場責任者岡田勝清を現場に常駐させて人夫を指揮監督していたもので、被告岐建の職員がこれを指揮監督すべき権利も義務もない。ただ建築工事が専門的事項に属するため、その方法、程度につき技術者が現場で指示管理する必要があり、被告岐建の寺島らは、これがため現場へ派遣されていたものである。

被告藤井と被告平野建材店との関係も下請関係であり、被告平野建材店の雇傭者に対してまで、被告岐建や被告藤井の指揮監督権が及ばないことは前同様である。

三、原告主張三は、原告が労災保険金六三万一四一〇円を受領したことは認めるが、その余は争う。

なお、被害者は、原告を放置して二年前に家出し、名古屋市笹島辺りで自由労務者をしていたものであり、毎月金二万円の送金などはとうてい考えられない。

第三証拠≪省略≫

理由

一、本件事故の発生

原告主張一は(四)の事故態様を除き当事者間に争がなく、≪証拠省略≫を総合すると、次の事実を認めることができる。

(一)  本件事故現場は、間口(西側は本町通りに面する)五・五米、奥行三一米の成和産業ビル新築工事現場であり、南側には訴外大忠羅紗店の鉄筋コンクリート三階建物が、北側には訴外中日よろず相談事務所の木造二階建建物が、東側には組立式の現場仮事務所が存する。

右の範囲の土地は、入口(西側)以外の大部分については周囲に土留めの杭を打ち込み、基礎工事のため平均三・五米の深さまで掘削してある。右現場入口の西側は本町通り歩道(三・四米)に接しており、右工事現場と歩道上にまたがり、東向きに加害車が置かれ(加害車南カタビラ西端より車道まで二・五米である)、歩道上に乗り入れてくるダンプカーに、現場から掘削した土砂を積載させていた。右歩道と車道との間にはダンプカー乗り入れによる道路補強のため畳六枚が敷いてあった。なお、右の大忠羅紗店の建物の前(北西)に高さ九〇糎の水道蛇口が存する。

加害車は重量七・五屯、巾員二・三六米、長さ四・六米、運転席の高さ一・五米であり、掘削、走行、旋回(三六〇度)はすべて六本のレバーで操作され、作業アームの旋回するパワー・ショベルであり、パワー・ショベルのなかでは小形で三六〇度の旋回が可能であるため、割合に狭い工事現場でも作業できる。なお、加害者にはタイヤはなくカタビラで動き道路は走行できないので、作業現場まではトレーラーに加害車を積載してゆき現場でこれを下して操作する。そして、これを運転するには運転免許を要しない。

加害車の南側カタビラと南側の前記鉄筋コンクリート建物までの距離は六八糎、加害車が停止している場合(東向きに固定)の加害車後部エンジンの鉄塊の錘から右建物北側までの距離は一・一米であって、加害車を始動させ作業アームを旋回させてダンプカーに積載する状態にすると、加害車後部錘は南側に回転し、右建物北側までの距離は僅か二糎になる。しかして前記歩道周囲には危険防止のための何らの施設も設置されていなかったが、ダンプカーの乗入れの際には旗振人をして通行人に対する危険防止に当らせていた。しかし、加害者については本件工事現場内での掘削を目的としていたため、見張人を付することなく操作していた。

(二)  右工事現場の工事関係者としては、後記の被告伊藤、寺島吉朗のほかは、次のとおりであった。すなわち、被告平野建材店から土砂運搬のためのダンプカー四台が出入りし、かつ、被告藤井に所属する被害者を含めて約四名の土工が小型ブルドーザー一台とともに作業に当っていた。

(三)  被告伊藤は昭和四三年二月二二日頃から本件現場において加害車を操作して現場内で掘削、土砂のダンプカーへの積載作業等に従事していた。そして、右掘削作業は同被告において加害車のショベルで事故現場の奥(東)から順次、入口(西)にかけて約二・五米の深さに掘削し、さらに、その跡を訴外某運転のブルドーザーで、深さ約四米まで掘削し、同被告が右土砂を加害車のバケットで掬い上げ、これを歩道まで入ってくるダンプカーに積み込む作業であった。なお、右の掬い上げから積み込みまでの所要時間は約一五秒から三〇秒であった。そして、本件事故前日には、本件事故現場は歩道の入口附近まで掘削が進んでいた。そこで、いきおい、被告伊藤は加害車を三日程前から右入口附近の前記(一)認定の位置に固定さすことになったが、前記の如く事故現場は狭隘であり、加害車のショベル先端のバケットを左旋回させると、後部エンジンの錘が前記水道の蛇口にあたるほどであった。

(四)  事故当日、被害者は被告藤井に属する前記土工らとともに、前記の如く掘削した現場の整地、穴掘り作業等に従事していた。そして、被告伊藤は加害車を前記(一)(三)記載の場所に固定し、同日午前八時半ごろから前日に引続き加害車を操作して作業を開始し、本件事故発生時頃も、土砂運搬のため事故現場入口前の歩道上に乗り入れてくるダンプカーにアームを旋回させて土砂を積込み中であった。ところで、前記(一)認定の如く、加害車が土砂をバケットに掻き込んでいる間は、加害車後部の錘は西方に位置していたため、北側建物との間は約一米空いていた。そこで、折から作業を休憩し、水を飲もうとした被害者が、右隙間に入り前記(一)記載の水道に近づき、顔を蛇口につけようとした。ところが折悪しく、被告伊藤がバケットに掬い上げた土砂をダンプカーに積み込もうとして加害車のアームを回転させたため、右後部の錘部分を被害者の頭部に激突させて南側の鉄筋コンクリート建物の壁面に押しつけ、因って、被害者をして脳質挫滅露出により即死させた。

二、帰責事由

(一)  被告伊藤の過失

前記一(一)認定の如き工事現場の狭隘さ、加害車の構造、性能の特殊性に起因する加害車運転の危険性、前記(二)掲記の工事現場内における工事関係者の存在、同(三)認定の被告伊藤の作業内容、同(四)摘示の本件事故発生当時の状況等に照らすと、被告伊藤が加害車を運転するに際しては、四囲の状況に十分注意し、人の有無、動静を確認すべき注意義務があり、特に、加害車は始動後、土砂の掘削、土砂の掻き集め、掬い上げ、特定場所への堆積、ダンプカー等への積載等多様な効能を有し、これに応じて加害車のアーム・バケット・エンジンの錘等が有機的に作動し、かつ、本件工事現場の狭隘さと微妙に絡み、前記の如く加害車がバケットに土砂を掬い上げている間は、一時的にせよ、エンジンの右後部錘は南部に回転せず、したがって、加害車南部と前記南側建物との間には十分人が通行できる程度の間隔ができることに思いを致し、また、右場所には前記の如く水道の蛇口が存し水を飲みに来る労務者のあることは十分に予想されるところであったから、同被告としては、単に、始動時に周辺の安全を確認するのみでは足らず、バケット内の土砂をダンプカーに積載するためアームを旋回するに際し後方(南)の警戒を厳にし、以て、加害車後部のヱンジンの錘による接触、衝突事故を未然に回避すべき注意義務あるものと解する。しかるに、同被告はこれを怠り、前記一(一)記載の加害車北側の木造家屋にバケットが触れないようにすることに専念していたため、全く、加害車の後方の安全を確認せず、まん然、アームを旋回させたことが明らかであるから、後記被害者の過失の点はともかくとして同被告伊藤に過失あることは否定できず、したがって、同被告は不法行為者として原告に生じた損害を賠償すべき義務があり、この点に反する同被告の見解は採用できない。

(二)  被告平野建材店の責任

≪証拠省略≫を総合すると、被告平野建材店は建材の販売及びパワー・ショベル等による掘削、積載等を業とする会社で、被告伊藤の使用者であり、加害車も被告平野建材店の右営業のため専ら使用されていたことが認められるから、同被告は加害車に対する運行支配を有していたことは明かであり、したがって、同被告は加害車の運行供用者というべきところ、被告伊藤に過失があること前記(一)説示のとおりである以上、被告平野建材店は自賠法三条の責任を免れることはできない。

しかるところ、同被告は、加害車による土砂の掘削積込作業は自賠法第三条に所謂「自動車の運行」に該当しない旨主張する。なるほど、加害車は前掲一(一)認定の如きパワー・ショベルであり、カタピラにより移動可能ではあるが、道路を通行できず、これを運転するには、免許をも要しないことが明らかであるが、≪証拠省略≫を総合すれば、加害車は、原動機により陸上を移動させることを目的として作成された用具であって、道路運送車輛法に定める特殊自動車であることが認められるので、自賠法第二条所定の自動車というべきこと勿論である。そして、本件事故は、加害車のアームの旋回に伴い、加害車後部の鉄塊の錘が、被害者の頭部に激突して発生するに至ったことは前記一(四)認定のとおりであるが、右は、もとより、自賠法第三条にいう「自動車の運行」によって生じたものとなすに妨げないのである。けだし、同条に所謂「運行」とは、「人又は物を運送するとしないとにかかわらず、自動車を当該装置の用い方に従い用いることをいう」のであるから、自動車の構造上設備されている各装置のほか、特殊自動車が設備している固有の装置を、その目的に従い操作する場合も、当然包含されてしかるべきであるからである。さすれば、この点に反する被告の見解は採用できない。

(三)  被告藤井、同岐建の責任

同被告らが、それぞれ、自賠法三条ないし民法七一五条の責任主体であるかどうかについて審究する。

被告岐建が建築を業とするもので成和産業株式会社から本件工事現場の社屋建築工事を請負い、この受注工事を遂行するため基礎工事の一部を被告藤井に下請けさせていたこと、被告藤井と被告平野建材店との関係も下請負関係であること及び、被告岐建が寺島吉朗を工事現場に派遣し、工事の監督に当らせていたことは当事者間に争いがない。

≪証拠省略≫を総合すると、次の事実が認められる。

(1)  被告岐建は前記請負工事のうち、地下工事のための掘削、土留め工事、土砂の搬出、コンクリート打ち等の工事を被告藤井に、それ以外の本件工事等を訴外和合建設株式会社に下請けさせた。

(2)  被告藤井は登録を受け「藤井組」なる名称で土木建設業を営んでいるもので、常傭四〇人位の飯場を維持していたが、前記基礎工事のうち、パワー・ショベルによる掘削及び掘り出した土砂のダンプカーによる運搬を、訴外水野商店を介して被告平野建材店に再下請負させた。

(3)  被告平野建材店は、二(二)記載の如く建材の販売、パワーショベルによる掘削等を業とする会社であったが、前記一(二)(三)認定の如く本件工事現場掘削のため被告伊藤をして加害車を操作させ、そのほかに、ダンプカー四、五台をして右現場内から掘り出される土砂を搬出させ、被告藤井は、小型のブルドーザーを工事現場に派遣して同地内を掘らせ、また、自己の配下にある人夫四、五人を現場に赴かせて加害車で掘削できない部分の掘削整地作業等を行わさせていた。

(4)  被告藤井は従来被告岐建とは無関係で、同被告から始めて右の下請けをしたのであり、被告平野建材店も、被告岐建とは全く関係なく、ただ被告藤井とは、従前、少額の下請仕事については直接同被告から注文を受け、大きな請負仕事については前記水野商店の仲介で同被告から下請けを受けていたにとどまり、被告岐建、同藤井、同平野建材店の三者は、全く無関係な独立した土建業者であった。

(5)  本件工事の施工に当り、被告岐建からは、前記の如く、同被告の建築主任であった寺島吉朗が工事監督として工事現場に派遣されていたが、同人は当時、被告が施工していた他の工事三、四ヵ所の現場監督を兼務しており、本件工事現場に常駐していたわけでなく、被告の名古屋支店勤務の訴外上田昇が主として、寺島の指揮を受けて現場に駐在していた。被告藤井の本件現場の責任者は訴外岡田勝清であり、前記和合建設の同様責任者として訴外倉本日が現場に常駐していたが、被告平野建材からは、特に現場の責任者は誰も行っていなかった。

(6)  寺島の監督権限は本件工事の進捗を技術的な角度から監督調査することにあり、工事現場の工事関係者を直接指揮監督したことはなく、また、被告藤井が被告平野建材店に再下請させていることを知らなかった。すなわち、工事現場において、具体的な掘削の範囲、方法等は、主として、上田が岡田に指示し、同人が、これに従い、ブルドーザーの使用、被告藤井方の労務者の配置等を定め、これら労務者及び被告平野建材店の従業員等に仕事の指示をしていた。しかし、上田は、岡田以外の現場の工事関係者に対して直接指揮することはなく、また、指揮内容も、主として工事の進捗状況、安全維持に関するものにとどまっており、また、岡田の被告平野建材店従業員に対する指示は、工事の開始前、工程等の概略的なものに限定され、当日の工事開始後は、具体的な個々の事項についての指示を与えることはなかった。特に、被告伊藤は工事の初日に、被告岐建側から、掘削の深さ、巾、範囲等について指示説明を受けたが、その後は、被告岐建、同藤井等の何人からも指示を受けたことなく、況んや、同被告らの前記責任者等から指揮監督されたことなく、全く、被告伊藤の判断で加害車を操作しその作業を遂行していた。

以上認定事実に基いて考察すると、本件工事については、元請人が被告岐建、下請人が被告藤井、再下請人が被告平野建材店であり、本件事故は被告平野建材店の被用者たる被告伊藤において被告平野建材店の業務の執行につき惹起したものであることは否定できないとはいえ、被告岐建同藤井において、加害車の運行につき、直接、間接に被告伊藤に対し指揮監督していたものとは認め難く、また、被告平野建材店が被告岐建或は被告藤井の専属的請負人であるとは、とうてい、これを認めることができない。

その他、被告平野建材店が、被告岐建ないしは被告藤井の営業の一部門として包摂されているような関係に在るとか、或は、その依存性が顕著であり、被告平野建材店と被告岐建及び被告藤井とが、実質的に同一であると認むべき何らの証拠も存しない。

以上の如きとすれば、被告伊藤と被告岐建同藤井との関係は使用関係とは同視し難く、かつ、被告伊藤の加害車の運行を被告岐建同藤井の事業の執行につきなされたものとなし難いことは明らかであり、その他、被告岐建同藤井らが加害車に対し支配、管理、制禦等の権能を有したものとは、にわかに、これを認め難いところである。

してみると、原告の被告岐建同藤井に対する民法七一五条、自賠法三条を根拠とする請求は、その余の点を判断するまでもなく理由がない。

三、損害

(一)  被害者の逸失利益

≪証拠省略≫を総合すると、被害者は当時二九才であったことが認められるから、本件事故に遭遇しなければ、一応、六三才頃までの三四年間は十分に稼働し得たものと推認することができる。

そして、≪証拠省略≫によれば、被害者は当時、原告ら家族とは別居して、日雇労働をしてひとりで生計を立てており、一九〇〇円を下らない日給を得ていた事実が認められるところ、一ヵ月に二〇日間程度は稼働し得たものと推認されるので、被害者の年間所得は金四五万六〇〇〇円を下らなかったものと認めることができる。ところで、被害者の生活費としては右収入の五割とみるのが相当であるのでこれを控除し、これら数値に基きホフマン式計算法(年毎複式)によって一時払の価額をまとめると金四四五万円(一万円以下切捨)となる。

228,000円×19.5538=4,458,266円(単別年金現価総額)

(二)  過失相殺

本件事故の発生については被害者にも相当程度の過失があることが認められる。すなわち、前掲一(一)ないし(三)認定の如く狭隘な工事現場内に加害車が固定され、当時は、たえまなく、掘削、バケットによる土砂の積載がなされていたところ、被害者自身、右工事現場の整地作業に従事していたのであるから、加害車のアームの旋回とともに、その後部のエンジンの錘が水道蛇口付近に接近することを十分了知し又は了知し得たものというべく、したがって、右間隙に近ずく場合には細心の注意を払い、以て、自らの安全を確保すべき注意義務あること当然である。しかるに、被害者は、何故か、全くこれを意に介せず、まん然、これに近ずき、水を飲むため不用意に蛇口に顔を近づけたことが明らかであり、被害者のこの過失は相当程度本件事故の発生に寄与しているものというべく、被告伊藤の過失と被害者のそれとの割合は、おおむね五対五とするのが相当である。

したがって、前記逸失利益は、これを金二二二万五〇〇〇円に減額すべきものである。しかるところ原告本人尋問の結果によれば、原告は被害者の母であり、唯一の相続人であることが認められるから、原告は、相続により右損害賠償請求権を承継取得したものというべきである。

(三)  原告の慰藉料

本件の事故の態様、当事者双方の過失の程度、原告の家族構成、生活環境その他諸般の事情を彼此参酌すると、原告の慰謝料は金一三〇万円とするのが適当である。

(四)  以上原告の損害は合計金三五二万五〇〇〇円となるが、原告が労災保険金六三万一四一〇円を受領したことは当事者間に争いがないので、これを控除すると、残額は金二八九万三五九〇円となる。

四、結論

叙上のとおりであるから、被告伊藤同平野建材店らは各自原告に対し金二八九万三五九〇円及びこれに対する本件事故発生の日たる昭和四三年二月二七日以降完済に至るまで民法所定の五分の割合による遅延損害金を支払う義務があり、原告の本訴請求は右の限度で正当として認容し、その余は失当として棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条をそれぞれ適用し、主文の通り判決する。

(裁判官 可知鴻平)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例